※当記事には広告が含まれています
先週、友人とご飯を食べました。
以前、フリーランスの仕事を紹介してくれた人です。
せっかく仕事を紹介してもらったとのに、私ったら、
「管理職的な役割がある仕事は、どうかご勘弁を」と思って、お断りしてしまった。
なんせ、このブログの以前のタイトルは「管理職辞めたいです日記」だものね。
●お断りした時の記事●
乾杯が終わるやいなや、私はそのことをお詫びしました。
だけどね、どうも、私の真意が伝わってない気がする。
友人は「ジャスミンさんはいま、疲れているだね。きっと休めば情熱は戻ってくる。
その時がきたらまた教えてよ。」と笑顔で言ってくれるんだけど、
私の心に、仕事への情熱(特に管理職ロール)が戻ってくることは、もう二度と無いと思うのよね。
「私はもう、一生分のやる気を使い果たしたんだよ。
いくら休んでも、チャージ不可能」と、
繰り返し説明したんだけど、友人はただ笑うだけ。
帰り道、一人で地下鉄に乗りながら、ふと「彼には一生、理解できないかもな」と思った。
だって、私と彼には、決定的な違いがあるから。

彼と私では、そもそも能力に決定的な差があるのです。
彼は仕事だけでなく、家事や育児(男性でありながら、と言うのは時代錯誤かな?)
趣味、スポーツにも熱心に取り組む多才な人。
一方の私は、たまたま外資系の管理職になったものの、
必死で、泣きながら頑張って、ようやくあの程度。
趣味だって、努力しても、ぜんぜん上達せずに、しばしば心が折れますから。
▷ 関連記事:悔しくて3時間しか眠れなかったけど、ちゃんと「セミリタイア」してる
同じ仕事をしても、私が激しくエネルギーを消耗するのに対し、
彼は自然体の努力で、同じ成果を出せると思う。
だから、彼には私の「燃え尽き」は、想像つかないかもな、なんて思ったのです。
もちろん、そんなのは、私だけだと思うけど。
同じセミリタイアを選んだ人でも、私以外の方々は、十分な能力を持ちながらも、
新しい生き方を選んだ人たちだと思います。
しかし、私の場合は、器に合わない責任を担い続けた結果だった気がする。
だけどね、これに気づいても、別に落ち込まなかったのです。
これは、友人がすごくて、私はダメ、という話ではなくて、
人には向き不向きがあり、彼は外資の管理職に向いていて、私はそうでなかった、
というだけのことだもんね。
(あ、やる気がない、と言っても、セミリタイア中派遣の仕事は、責任感を持って頑張っています。先週だって、残業続きだったし。)
というわけで、いい歳して、自分探しの答えが一つ、見つかった感じです。
これからも、私に合った生き方をしていこうと思った出来事でした。
友人は友人で、陰で血の滲むような努力をしてるかも